東京で写真家として成功した猛は母の一周忌で久しぶりに帰郷し、実家に残り父親と暮らしている兄の稔、幼なじみの智恵子との3人で近くの渓谷に足をのばすことにする。懐かしい場所にはしゃぐ稔。稔のいない所で、猛と一緒に東京へ行くと言い出す智恵子。だが渓谷にかかった吊り橋から流れの激しい渓流へ、智恵子が落下してしまう。その時そばにいたのは、稔ひとりだった。事故だったのか、事件なのか。裁判が始められるが、次第にこれまでとは違う一面を見せるようになる兄を前にして猛の心はゆれていく。やがて猛が選択した行為は、誰もが思いもよらないことだった──。
久々に観たけど本当によくできた映画だ。
こう2時間全く飽きることなく観れる邦画も珍しい。
過激なシーンなどないのに感情をエグるシーンの連続。
そして何と言っても香川照之の演技がハンパじゃない。
「鬼がきた!」という映画ではじめて彼を観た時から「香川照之ヤバイ!」とずっと思っていたけどこの映画でも彼の演技力、表現力が遺憾無く発揮されている。
興奮覚めやらぬうちに早速本題に入ろうか。
以下ネタバレ。
構成がとにかく秀逸
2人の兄弟がいる。
弟はオダギリジョー。
東京でカメラマンとして成功し、何不自由なく女にも不自由しないまさにイケイケなやつ。
対して兄貴の香川照之は親父と共に田舎で暮らしガソリンスタンドで働く独身。
正直全くパッとしない上にすぐに癇癪起こす親父と二人暮らし。
なんとなく自分を押し殺しながら生活している。
話は母親の一周忌でオダギリジョーが田舎に帰ってくる所から始まる。
幼馴染の真木よう子はガソリンスタンドで働いており密かに香川照之は真木よう子に想いを寄せている。
だけどオダギリジョーと真木よう子は昔関係があって一周忌で帰ってきた日も真木よう子とヤっちゃうことに。
翌日三人で渓谷に遊びにいくんだけどそこで香川照之は真木よう子に拒否られ、真木よう子は吊り橋から落ちて死亡。
その場にいたのは香川照之ひとり。
殺人罪で捕まる香川照之。
彼が殺したのか?
それともただの事故なのか?
という話。
この映画が秀逸なのが香川照之が真木よう子を突き落とすシーンは映していないということ。
そしてそれを見ているオダギリジョー。
つまり観客は香川照之が殺したのかどうなのか確証を得ないまま映画を観続けることになる。
そして事実を知っているのはオダギリジョーだということ。
この手法によって観客は香川照之が殺したのか、ただの事故だったのか2人の表情を観ながら考えさせられることになる。
この構成が非常に上手い。
そして話が進むうちにどんどん変貌していく香川照之。
いやぁ、シビれる。
まるで別人
この日から今まで自分を押し殺しながら生きてきた香川照之が変貌していく。
その変わりっぷりが凄くリアルでさらに胸が痛くなった。
刑務所の面会で香川照之がボソッという。
「お前は素晴らしい人生だよ。
自分にしかできない仕事で、色んな人に会って、いい金稼いで。
俺は田舎のしがないガソリンスタンドであくせく働いて家に帰れば炊事、洗濯、親父の講釈。
おまけに女にもモテない。
なんで俺ばっかり。」
香川照之はずっと弟に対してコンプレックスを感じてて次第にその感情が爆発する。
同じ様な状況の人って結構いると思う。
だけどね、世の中って理不尽だし不平等だし不条理なんだよね。
人と比べることって良くも悪くもだと思う。
比べて自分はまだ足りてない部分に気づいて頑張ろうと前向きになるならいいんだけど、俺はお前に比べてダメだ。なんで俺ばっかり…
とダウナーになる比較は良くない。
この香川照之は明らかに後者で自分でもどうしていいのかわからないと言った感じだ。
そしてものすごく重要なシーンがオダギリジョーと真木よう子がヤったその日に背中ごしで香川照之と会話するシーン。
「あの子酒好きで大変だったろ?」と笑顔で香川照之がオダギリジョーに聞く。
「…どうだったかな。
俺付き合い悪いから手持ちぶたさで」とうまくごまかすオダギリジョー。
だけど真木よう子、実際はビール一杯でコロンといってしまうくらい酒がダメな子でした…
それが後半に親父の話で判明。
そう、香川照之はあの日すでにオダギリジョーにカマをかけたのだ。
そしてその答えから2人の関係に気づいてしまった…
ものすごく怖い!そしてこのサラッと明かす辺りの描写も非常に上手い。
思わずドキドキしてしまった。
嘘
この映画の大きな要素の一つとして「罪悪感」があげられる。
これまでの香川照之の変貌から「香川照之が殺したのではないか」と観客は思い始める。
私もそう思っていた。
兄貴が惚れた女とやっちゃったことに対してずっと罪悪感を感じていたオダギリジョー。
その「罪悪感」こそ兄貴を庇う理由なのかなと。
そして面会の日に香川照之はオダギリジョーに対して言い放つ。
「もういいじゃん。
だってお前は俺の無実を事実と思ってるの?
お前は自分が人殺しの弟になるのが嫌なだけなんだよ。
最初から誰のことも信用しない。
お前は昔からそういう奴だよ。」
その言葉に激昂するオダギリジョー。
そして裁判当日に証言台にあがるオダギリジョー。
「今まで兄貴を庇ってきたけど私は嘘をついていました。
兄貴はあの日からすっかり変わってしまった。
あんなに巧妙な嘘をつく人ではなかった。
あの頃の兄貴を取り戻すために、ここに真実を話すことを誓います。」
という穏やかではない台詞の後オダギリジョーの口から香川照之が真木よう子を突き落としたことが語られる。
そしてその証言により香川照之は有罪となり7年の懲役に処されることになってしまう。
真実
だけどね、実際は香川照之は殺してなかったんです。
7年後に小さい頃のビデオカメラの映像を観て真木よう子が自分でバランスを崩し吊り橋から落ちて香川照之が助けようとするその記憶が蘇る。
では、オダギリジョーはなぜ嘘をついたのか?
はい、ここからは私の想像です。
オダギリジョーは本当に兄貴を尊敬してたんだと思う。
だけどあの家に居場所がなかった。
頭が良くて人から信頼される兄貴に劣等感を感じながら生きてきた。
だから東京に出て自分にしかできない仕事をして自分なりに精一杯生きる選択をした。
それがあの事件で兄貴はすっかり別人になってしまった。
自分の中での兄貴像が壊れ、それを取り戻す為という歪んだ自分なりの正義感からあの様な嘘をついてしまったのだと。
そして7年後に昔の映像を観てはじめて自分のしたことに気づいてしまう。
結局自分は兄貴から何もかも奪っていた事に気付き釈放の日に香川照之に会いにいくオダギリジョー。
少し老けた香川照之に叫びながら「兄貴、帰ろうよ」と涙目で叫ぶ。
この「帰ろうよ」の台詞には色んな意味が込められられていることは容易に想像できるだろう。
オダギリジョーに気づいてニコッと笑顔になる香川照之。
ここでエンディング。
ではなぜ香川照之はオダギリジョーの嘘を受け入れたのか?という疑問が残る。
それは裁判や面会時の台詞からも推測できる。
「僕があの橋に行かなければ彼女はいまも生きていたわけで」
「犯罪者として見られてこの町で生活していくことの意味わかる?」
「もうどうでもいいじゃん。」
真面目な香川照之は真木よう子を助けられなかったという自責の念があり彼女が死んでしまった時点で生への執着がなくなってしまったのではないか。
だから「あのガソリンスタンドで生きていくのもこの塀の中で生きていくのも大して変わりはない」という発言は本当に刑務所にいようがあの町にいようがどちらでもいいと言った印象を受けた。
と言った感じで最後まで真実のシーンを取っておいてお互いの証言や心理状態で観客に推測させる技が非常に上手く2時間全く飽きることなく観ることができた。
今回は真木よう子は特にリアルだった。
顔は整ってて美人なのに表情が暗いというか影があるというか。
田舎にこういう子いるよなみたいな。
この表情が演技なのかもともと真木よう子が持ってるものなのかはわからないけど思いつめたらめんどくさそうな感じはとてもリアルだった。
観るたびに印象が変わる(ゆれる)、そんな作品。
また数年後に観よう。
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