江戸前鮨の世界では、一軒の店からどんな職人が育ち、どこへ広がっていったかを見ると、その店の「本質」が見えてくる。
そこで本記事では、「新ばし しみづ」を起点に、その系譜を辿っていく。
江戸前鮨の原型を築いたとされる「華屋与兵衛」。
彼の流れを汲む「新ばし しみづ」。新橋の一角に暖簾を掲げて以来、その流儀は数多くの名職人へと受け継がれてきた。
本記事では、「新ばし しみづ」の精神と、その系譜に連なる名店たちを徹底考察。
各店の大将の歩み、鮨の方向性、そして時代ごとに進化してきた江戸前の現在地を追う。
鮨好きなら必読の【完全保存版】だ。
【東京・新橋】新ばし しみづ
江戸前の真髄。正統派江戸前鮨を後世に伝える超名店
創業は1999年。
東京・新橋に暖簾を掲げる名店「新ばし しみづ」。
この店の源流を辿ると、江戸前鮨の起源にまで行き着く。
江戸時代、華屋与兵衛が考案した早ずしをルーツに、浅草「弁天山美家古」→神保町「鶴八」→新橋「鶴八」へと技が受け継がれ、その直系にあたるのがこの「新ばし しみづ」だ。
つまり江戸前鮨の正統血統を今に伝える店とも言える。
現代の華やかな鮨屋とは一線を画し、ここでは徹底した伝統が息づく。

「つまみ」は本来「握りの副菜」であり、別仕入れはしない。
例えば赤貝のヒモを炙り、一味をふって酒肴にする──そんな無駄のない江戸の粋を体現する。
酒は極端に少なく、あくまで主役は「握り」。
「握りにします? つまみからにします?」と聞かれ、丸椅子に座れば背筋が伸びる。
握りの向きは垂直。右利きでも左利きでも構わない。細部にまで江戸前の合理と美学が宿る。
清水親方は伝統を重んじながらも、現代的な柔軟さを併せ持つ。その姿勢が全国の鮨職人から尊敬される理由でもある。
弟子筋は数多く、京都の「鮨まつもと」、その孫弟子にあたる「鮨 ほしやま」や、関内「鮨 みやした」、銀座「鮨竹」、仙台「鮨徳」、そして「鮨 こばやし」など、今なお「しみづ系」は全国へと広がり続けている。
流行とは無縁の、淡々と積み上げた職人の矜持がある。
一貫の握りに、百年以上の歴史と哲学が詰まっているのだ。

一年に一度は、自分の舌をリセットするために訪れたい。
ここは紛れもなく「食の原点」を思い出させてくれる貴重な場所である。

【京都府京都市】鮨 まつもと
新ばし しみづ出身!京都祇園で正統派江戸前鮨を握る職人魂
2006年に京都・祇園の一角に店を構えた「鮨 まつもと」。
松本大典氏は「新ばし しみづ」で修業を積んだ正統派江戸前の継承者であり、関西の地で江戸前鮨を広めた第一人者でもある。
神奈川県出身の松本氏は、31歳で縁もゆかりもない京都にて独立。
開店から数年でミシュラン一つ星を獲得し、いまや全国の鮨通が足を運ぶ実力店となる。
以来、「京都でも江戸前は通用する」と証明してみせた。
ネタの約3分の2は豊洲から直送。
シャリは赤酢と塩を強めに効かせた力強いタイプ。「しみづ」ゆずりの酸味の輪郭がくっきりと立ち、脂のある鮪や車海老と出会った瞬間、口中にキレのある旨味が広がる。
どれもシャリの酸味がネタの甘みを引き立て、淡い余韻を残す。
京都にあっても「江戸の心」を貫くその姿勢こそ、松本大将の矜持だ。
この「鮨まつもと」からは大阪「鮨ほしやま」など多くの弟子が巣立ち、いまも関西にて江戸前鮨シーンの中心に存在している。

【大阪府北新地】鮨 ほしやま
ミシュラン一つ星。関西で江戸前の魂を伝える、しみづ系譜の雄
オープンは2012年7日7日。
大阪・北新地にある「鮨 ほしやま」は、京都・祇園「鮨まつもと」で5年修業した星山孝史さんによる独立店。
つまり「しみづの孫弟子」にあたる関西の名店。
星山親方は寡黙ながら誠実で、所作のひとつひとつに確かな技を感じる。
静謐なカウンターに腰を下ろすと、余計な音も会話もない──その分だけ、仕事の音と香りが際立つ。
どの一皿も「盛りすぎない」抑制が効いており、まさに江戸前の哲学を感じるもの。
シャリは「新ばし しみづ」直伝の硬めで強い酢加減。粒立ちがよく、香りのある米。
派手さよりも、江戸前の本質を。
「鮨ほしやま」は、大阪にいながら最も「東京的な鮨」を体現する一軒である。
ごちそうさまでした。

【神奈川県横浜市・関内】鮨 みやした
京都の名店から独立。江戸前の魂を受け継ぐ新星鮨店
2024年4月1日に横浜・関内でオープンした「鮨 みやした」。場所は「常盤鮨」の跡地。
店主・宮下浩幸氏は京都の「鮨 まつもと」で修業を積み、独立を果たした職人。
つまり、系譜でいえば「新ばし しみづ」→「鮨まつもと」→「鮨みやした」という「しみづの孫弟子」にあたる。
宮下氏は長野県出身。旅館での調理経験を経て「鮨まつもと」に弟子入りし、江戸前鮨の仕事を8年間学んだ。
現在は奥様と二人三脚で営業し、凛とした空気の中にも温かみのある雰囲気を作り上げている。
酢飯は赤酢を使用し、砂糖不使用。真っ直ぐで硬派な酸味と塩味が特徴で、「まつもと」の流れを感じさせる。
一貫ごとに輪郭のある酸味がネタの甘みを引き立て、江戸前の仕事が際立つ。
東京から京都、そして横浜へと伝わる江戸前の系譜が、ここ関内で静かに息づいている。
「鮨みやした」はこれからの横浜鮨界を担う、注目すべき存在だ。真面目な性格で業界からも支持を得ている。

【東京・銀座】鮨竹(すしたけ)
女性大将が握る、しみづ直系の力強い江戸前鮨
2014年創業、東京・銀座、石井紀州屋ビル4階にある「鮨竹(すしたけ)」。
「新ばし しみづ」のもとで8年の修業を経て独立した女性大将・竹内史恵氏のお店。
男性中心の鮨業界で女性大将というだけでも異彩を放つが、竹内氏の真骨頂はその「武骨なまでの仕事」。
切りつけの大きいネタ、硬めに炊かれた赤酢シャリ──その一貫には、満足感に溢れている。
「食べログ寿司TOKYO百名店」にも選出され、いまや女性職人の時代を切り拓いた先駆者と称される存在。
赤酢のシャリは酸がやや立ち、時間とともに円みを帯びていく。
特に大トロとの相性は抜群で、脂の甘味とシャリの酸味がぶつかり合い、やがて調和して消える。
雲丹はバフンとムラサキの二種盛りなのも特徴。口の中で二つの甘味が重なり、鮨竹らしい贅沢な余韻を残す。
竹内氏の握りは奇をてらわず、ただ王道を貫く。それでいて、女性らしい繊細さや温かさも随所に感じられ、「新ばし しみづ」のDNAを、最も真っ直ぐに受け継ぐ一軒である。

【宮城県仙台市】鮨徳(すしとく)
鮨竹から独立。仙台で息づく江戸前の魂
2022年6月、仙台・勾当台公園駅近くにオープンした「鮨徳(すしとく)」。
店主・岩沼徳太郎氏は、銀座「鮨 太一」、そして師匠・竹内史恵氏の「鮨竹」で研鑽を積み、地元・宮城に凱旋した職人である。
江戸前鮨の正統を継ぎながらも、仙台の地に根ざした独自の一軒を築き上げた。
「鮨徳」という店名に、「鮨竹の系譜」を明確に刻むあたりにも岩沼親方の覚悟が見える。
修業先との違いは二点。
一つはシャリのサイズを小ぶりに変更したこと。地元の客層に合わせた柔軟な調整である。
もう一つは酢の種類。「鮨竹」で使っていた赤酢が入手困難なため、いまは別の酢を使用。
その結果、「鮨竹」の鋭い酸味に比べ、まろやかで優しい口当たりのシャリへと変化した。
魚は豊洲に頼らず、地場中心の仕入れ。豊洲からのマグロ・雲丹を除き、ほぼ宮城・三陸の魚介を使用している。
地産地消を重んじ、東京とは異なる「地方鮨の理想形」を体現している。

【東京・水天宮前】高柿の鮨
しみづイズムを受け継ぐ孤高の鮨処。静寂と緊張の中で味わう一貫
2018年9月に、東京・水天宮前にオープンした「高柿の鮨」は、ミシュラン一つ星を獲得する実力派。
大正時代の民家を改装した趣ある外観、暖簾のかけ方まで、修行先である「新ばし しみづ」を彷彿とさせる。
写真撮影はNG、会話も最小限──その静謐な空気感はまさに江戸前の矜持そのものだ。
大将・高柿氏は必要以上に言葉を交わさず、ただ淡々と握りと向き合う。客の会話も自然と少なくなり、店全体に静寂が漂う。
オープン当初は梅酢を使用していたが、現在は赤酢に変更。
酸味と塩味が鋭く立ち上がるソリッドなシャリが特徴。
静かに、江戸前鮨の世界に没入できる店である。

【東京・銀座】鮨こばやし
新ばし しみづ出身。銀座の裏路地で握る超正統派江戸前鮨
東京・銀座の裏路地、コリドー街の喧騒から少し離れた静かな一角に佇む「鮨こばやし」。
2022年12月にオープンしたこの店の大将・小林氏は、「鮨太一」「新ばし しみづ」という江戸前の二大名門で腕を磨いた職人。
カウンター6席のみの小体な空間で、ワンオペで握るその姿は実に凛としている。
つまみからでも握りからでも始められる柔軟なスタイル。
「予約困難なフルコース」よりも「客に合わせた自然な流れ」を重んじる姿勢に、師・清水親方の哲学を感じる。
特にシャリの旨さは特筆もので、米の香り・甘味・酸の立ち方が完璧に整っている。
握りが客に対して真っ直ぐに置かれる──右利きも左利きも等しく食べやすい清水流の証だ。
シャリは赤酢と白酢のブレンドで、酸味のあとにふわりと米の甘みが立ち上がる。
使用する米は山形県産「はえぬき」。砂糖不使用でありながら自然な甘味を感じるのは、この米の力ゆえだ。
予約困難店に通うより、ここで一貫を噛みしめたい──
そう思わせてくれる、真の江戸前鮨がここにある。

まとめ
江戸前鮨の本質は、いつの時代も変わらない。
「新ばし しみづ」から広がる系譜を巡ると、その事実を改めて突きつけられる。
決して派手ではない。
だが、誤魔化しもない。
ただ真っ直ぐに、鮨と向き合ってきた職人たちの積み重ねが、今も確かに皿の上にある。
流行に疲れた時、本物を確かめたくなった時、
この系譜に連なる一軒を訪れてほしい。
そこには間違いなく、「江戸前鮨の原点」がある。








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