ラーメン二郎は「店」ではなく「文化」だ。
これまで全国に数多くの店舗が誕生し、そして静かに姿を消してきた。
その思想や味の方向性は、形を変えながら今も各地に受け継がれている。
本記事では、すでに閉店したラーメン二郎を整理しつつ、そこから派生・影響を受けた現在食べられる店までを閉店日順に【考察】していく。
代々木店(閉店:1999年4月)
オープンは1998年9月25日。
虎ノ門店、神田店などと同じ直系で修業していないフーズ系。
一年も営業していなかったため、代々木店に関しては公式食べログページも存在せず、情報がほぼない。
赤羽店(初代)(閉店:2001年)
オープンは1991年 。「ラーメン二郎 赤羽店」として開業したが、ラーメン二郎の直系から独立する形で、2001年に「ラーメン◯二」に改名し、さらにその後も「ラーメンマルジ」、2007年に「ラーメン富士丸」となる。
創業者の吉田実義氏は、二郎系の中でも特に個性的な「富士丸系」と呼ばれるスタイルを築き上げ、多くのファンや派生店を生み出していった。
初代・吉田氏は2023年10月7日に急性心筋梗塞のため56歳で急逝されました。
その後も、明大前の「もみじ屋」や大山の「自家製麺NO.11」など富士丸のDNAを継ぐ店は増えている。
ちなみに2012年から2017年まで存在した「ラーメン二郎 赤羽店(二代目)」とは別となります。
➡️出身者が開いた独立店

町田店 – 2002年9月29日に閉店。
オープンは1993年3月。店主の夢だった静岡ラーメンを追求すべく故郷富士に店を構えることとなり、2002年9月29日に閉店。
2003年、地元の静岡県富士市に「らぁめん大山」を開業。
ちなみに町田店で修業した方が後に神奈川県向ヶ丘遊園に「蓮爾 登戸店(蓮爾や禅の流れを汲む」をオープンさせる。支店として「蓮爾 新町一丁目店」がオープン。
「蓮爾」出身のラーメン店は複数あり、神奈川の「MEN YARD FIGHT(メンヤードファイト)」、「ラーメン ZENZEN (ゼンゼン)」、「ラーメン緑山」(西台)、栃木の「ラーメン鈴木」、など二郎町田店のイズムが受け継がれている。
➡️出身者が開いた独立店

鶴見店 (閉店:2013年)
オープンは1996年2月。神奈川県初のラーメン二郎として誕生。
2013年3月より長期休業し、同年夏には「移転する」との貼り紙があったきり情報は更新されず、同年11月から「こじろう鶴見店」となる。
その後、2014年に「JR蒲田店」として復活するも2019年に再び幕を下ろした。

高田馬場店(閉店:2013年3月)
オープンは2002年5月。2010年1月に同じ高田馬場内で移転。
だが、休業日が徐々に増え、ついには店主の体調不良を理由に2013年3月に閉店。
2024年7月5日、「ラーメン二郎 高田馬場店」の跡地に「ラーメン豚山 高田馬場店」がオープン。

吉祥寺店 (閉店:2015年4月15日)
オープンは1986年。元は「ラーメン二郎 吉祥寺店」だったが、成蹊大学生の悪ノリで店名にいたずら書きをされ、「三郎」となり、更に「ラブメン生郎(なまろう)」となり、ついには修正を諦めた店主は、「生郎」のまま営業し続けた伝説の店舗。
直系二郎の支店第一号だったが、山田総帥の逆鱗に触れ(何をしたかは不明)、破門になる。
名前が「生郎」になったタイミングで太麺が細麺に変更。スープとのバランスを崩したため、客足は少しづつ減っていき、2015年4月15日に閉店。
その跡地に2015年6月にオープンしたのが、「成蹊前ラーメン」。二郎系であるのみならず、黄色地に赤い文字の看板というスタイルも踏襲している。
新橋店(初代) (閉店:2015年頃)
初代のオープンは1997年7月。
虎ノ門店、神田店などと同じ直系で修業していないフーズ系。
ジローフードシステムからは明確な閉店のアナウンスがなかった為、正確な閉店時期は不明。
大宮店 (閉店:2016年11月30日)
オープンは2008年8月24日。埼玉県初の直系店。
店主はうどん店に転職するため、2016年11月30日をもって閉店。
現在、名古屋で開業した「肉うどん さんすけ」では二郎系の要素を取り入れたガッツリ系うどんを提供している。
なお、大宮店の跡地にはつけ麺店の「狼煙 大宮店」が入った。
赤羽店(二代目) (閉店:2017年4月30日)
オープンは2012年1月29日。
店主は元「ラーメン二郎 松戸駅前店」初代。
閉店は、2017年4月30日。
公式の告知では「諸般の事情により閉店」とされ、詳細な理由は明かされていません。

新橋店(二代目) (閉店:2018年4月)
二代目のオープンは2011年9月19日。「エヌエス・プランニング」が運営。
2018年4月21日に閉店。店主個人の独立という形ではなく、「エヌエス・プランニング」が店舗運営から撤退した形になる。
元店主はのちに「麺屋 味方」をオープンさせる。
新小金井街道店(閉店:2018年12月)
オープンは2001年3月31日。
2018年5月27日に閉店するも一度、同年6月24日に復活を果たす。が、再び2018年12月23日に閉店。
閉店理由の明記はなく、「長年のご愛顧ありがとうございました」という挨拶文のみ。

JR西口蒲田店 (閉店:2019年10月11日)
「鶴見店」が移転して2014年11月7日にオープン。
2019年10月11日閉店。閉店の際の張り紙には「人手不足及び店主体調不良につき、令和元年十月十一日(金)を持ちまして閉店させて戴くことになりました。
鶴見で二十年、蒲田で五年、長きに渡りご愛顧戴き誠にありがとうございました。」と記載。
「行列ができない二郎」として有名だったが最終日は行列ができていた。
虎ノ門店 (閉店:2020年1月)
オープンは1996年9月11日。
「神田店」、「新橋店」などと同じ直系で修業していないフーズ系。
元「ラーメン二郎 虎ノ門店」だったが、本家「ラーメン二郎」が2003年に商標登録したため、二郎の名前が使えなくなり2004年11月1日に「ラーメン 虎ノ門店」に改名。閉店理由は明らかになっていません。
武蔵小杉店(閉店:2024年2月4日)
オープンは1996年5月。
「虎ノ門店」、「神田店」などと同じ直系で修業していない店舗で「エヌエス・プランニング」 が運営母体。
元「ラーメン二郎 武蔵小杉店」だったが、本家「ラーメン二郎」が2003年に商標登録し、2010年12月23日に二郎本体から破門となった後、2011年1月19日「ラーメンこじろう526」リニューアルオープン。2024年2月4日をもって閉店。
閉店理由は明らかになっていません。

桜台駅前店(閉店:2025年3月2日)
閉店は2025年3月2日。
テナント立ち退きと店主・石田啓輔氏の体調不良が原因で2025年3月2日に閉店。
「桜台駅前店」出身者が2022年6月5日に駒込に「麺屋 HERO」をオープンさせる。

➡️出身者が開いた独立店

まとめ
ラーメン二郎の閉店は年々増えているが、その多くは系譜として別の店に受け継がれている。
本記事では、閉店した店舗の事実と背景を整理し、現在も食べられる関連店への導線をまとめた。
情報として、そして記録として、今後も更新していく予定です。
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