日本が誇る江戸前鮨として、世界にその名を轟かせた「すきやばし次郎」。
銀座の地下で磨かれたその一貫は、単なる名店の味ではなく、厳格な仕事、徹底した素材選び、そして一切の妥協を許さない精神が宿っている。
その背中を見て育った弟子たちは、それぞれの店で「次郎のDNA」を継いだ鮨を握っている。
本記事では、本店を軸に広がる系譜を整理し、各店の個性と進化を考察。
鮨の神様の握りは、どのように継承され、どのように変化したのか。
【完全保存版】として、その流れを追う。(随時更新)
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【銀座】すきやばし次郎

東京・銀座の地下に静かに佇む「すきやばし次郎」。
1965年創業、世界中の食通が「鮨の神様」と称える小野二郎氏が率いる名店だ。
映画『二郎は鮨の夢を見る』で一躍世界的に知られ、ミシュラン三つ星を史上初めて獲得した寿司屋としても有名。
「前金2万円を現金書留または直接支払い」「襟付きの服装」「香水・撮影禁止」「時間厳守」と鮨を食す前から、すでにルールは多め。
銀座駅C6出口直結の塚本総業ビル。隣には鰻の名店「野田岩」。この一帯だけ時間が止まったような静寂が漂う。
店内はカウンター10席。木曽檜の香りと張り詰めた空気の中、二郎氏と息子の禎一氏が目の前で握る。
そして、驚くべきスピードで鮨が繰り出される。
一貫食べるたびに、間髪入れず次が置かれる。
おまかせ約20貫、所要時間わずか20分。
カレイ、墨烏賊、赤身、中トロ、小肌、鰹、車海老、雲丹、穴子、玉子。
ビールを頼んだがとてもゆっくり飲んでいられない。客のテンポは関係なく握りが置かれるのでゆっくり食べてると鮨下駄の上で渋滞してしまう。
どのネタも酢飯との一体感が計算され尽くしており、最後に残るのはシャリの酸と米の甘味と旨味。
全く説明はないがそこには半世紀を超える研鑽と職人哲学が凝縮されている。
食後に供されるメロンの甘さが、すべてを包み込むように締めくくる。
お会計は2020年当時で約5万円。約30分でこの値段。
すきやばし次郎は、寿司を超えた「一つの芸術」なのかもしれない。
後世に続く弟子たちがこの哲学を受け継ぎ、次の時代の鮨を握っていく。
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【日本橋】すきやばし次郎 日本橋店
日本橋高島屋本館7階に構える「すきやばし次郎 日本橋店」は、江戸前鮨の技と精神を百貨店という立地ならではの間口の広さでその味を提供している。
銀座本店が「おまかせ中心の最高峰」であるのに対し、日本橋店はより日常に近い存在。
赤身や中トロ、穴子といった王道のネタを軸に、本店譲りの仕事を施した握りを、カウンターとテーブル席で気負わず楽しめる。買い物ついでのランチ利用から、落ち着いた食事まで幅広く対応できるのが特徴。
1973年に日本橋高島屋へ出店し、長年にわたり営業を続けるこの店は、いわば「次郎の味を現実的な距離で味わえる場所」。
銀座の緊張感とはまた違う、町場に寄せた温度感の中で、江戸前の基本に忠実な握りを堪能できる。
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【豊洲】すきやばし次郎 豊洲店
銀座「すきやばし次郎」で12年間修行した職人が暖簾を掲げた一軒。
昭和56年(1981年)創業、本店の江戸前の技と所作を継承しながら、豊洲という生活圏に根ざしたかたちで営業を続けている。
場所は公団住宅の1階という素朴な立地。だが、握りは実直そのものだ。やや大きめのシャリに端正なネタを重ねる、伝統的な江戸前の構成。
特にランチは25食限定の握りが名物で、本店譲りの仕事を比較的手の届く価格で味わえると評判を集めてきた。
客の食べ進める速度や視線を読み取り、間合いよく次の一貫を差し出す姿勢に、次郎の系譜らしい緊張感が宿る。
銀座本店の頂点とはまた違うベクトルで、「日常の中の江戸前」を体現する存在。
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【六本木】すきやばし次郎 六本木ヒルズ店

2003年より東京・六本木ヒルズ3階に店を構える「すきやばし次郎 六本木ヒルズ店」。
本店の創業者・小野二郎氏の次男である小野隆士(たかし)氏が舵を取り、次郎イズムを継承しつつも独自の哲学で磨き上げた一軒。
初訪問時は前金1万円を振込むシステム。
隆士氏は「信頼で成り立つ鮨屋だから」と語り、近年のドタキャン問題にも毅然とした姿勢を見せる。
ヒルズ内という立地ながら、店内は静謐で凛とした空気に包まれる。
カウンター10席ほど。隆士氏は父とは対照的に饒舌で、鮨や弟子、食材哲学について熱く語りながらも、握りの所作は寸分の狂いもない。
雰囲気としてはチャキチャキの江戸っ子らしい人情味がにじむ。
トータルで約40分で提供されるおまかせコースは、平目から始まり、墨烏賊、平貝、赤身、中トロ、小肌、赤貝、鯵、車海老、雲丹、鰹、穴子、玉子焼きへと続く。
シャリは硬めに炊き上げた米酢ベースで、酸が立ち、ネタの甘みと鮮明に調和する。
酒の種類はごくわずか。
「ワインを求めるなら、そういう店へ行けばいい」と毅然と語る姿勢は、鮨にすべてを懸ける職人の矜持を象徴している。
つまみではなく握りで満たす。
これこそが次郎の真髄であり、隆士氏はそれを現代にふさわしい形で磨き上げている。
六本木ヒルズの喧騒を忘れさせる、静寂の中の名店だ。
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【銀座】鮨 水谷【閉店】
水谷八郎氏は、京橋「与志乃」、そして銀座「すきやばし次郎」で腕を磨き、その精神と技術を体得したのちに2005年に独立。
2007年刊行の『ミシュランガイド東京2008』では、「すきやばし次郎」と並び三つ星を獲得。
以降9年連続三つ星という偉業を成し遂げ、江戸前鮨の頂点の一角としてその名を刻んだ。
酢と塩だけで整える端正なシャリ。研ぎ澄まされた包丁仕事。余計な演出を排した静謐な空間。そのすべてが「次郎の系譜」であることを物語りながらも、そこには確かに水谷という職人の個性が宿っていた。
2016年に惜しまれつつ閉店。しかし、その存在は消えていない。
「鮨 水谷」で研鑽を積んだ職人は広尾「鮨 ゆうき」林ノ内勇樹氏、恵比寿「恵比寿 えんどう」遠藤記史氏、築地「鮨 桂太」青山桂太氏、広尾「鮨 陸」戸田陸氏、福岡市「枯淡」野口和暉氏など数多存在する。


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【銀座】青空(はるたか)

「すきやばし次郎」で12年間腕を磨いた高橋青空(はるたか)氏が、33歳で独立し、2006年に銀座で開業したのが「青空(はるたか)」。
北海道・旭川出身の高橋氏は、18歳で札幌の老舗「すし善」に入門し、その後、本物の江戸前鮨を極めたい一心で上京。
銀座「すきやばし次郎」にて二番手として12年の修業を重ねた。
2006年に独立し、2016年には銀座内で現店舗へ移転。
現在では弟子も多数輩出し、2025年開業の「みつい」など後進育成にも力を注いでいる。

次郎の系譜を色濃く受け継ぎながらも、青空の鮨はよりシャープで塩味の立った酢飯が特徴。
一方で、酒と共に味わうゆとり、会話を楽しむ余白があるのも「青空」ならでは。緊張感よりも楽しむ場の要素が組み込まれているのが大きな違い。
現在はすきやばし次郎二郎出身店としては唯一の三つ星を獲得中。
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【表参道】鮨 鮨 ます田
表参道・南青山に店を構える「鮨 ます田」は、「すきやばし次郎」で9年間修業を積んだ増田励氏が、2014年1月に独立開業したお店。
増田氏は福岡・小倉の老舗鮨店で修業後、銀座で衝撃を受けた一貫をきっかけに「すきやばし次郎」の門を叩いた。
厳しい環境のなかで9年を過ごし、握りだけでなく、仕込み・下ごしらえ・米の扱いまで徹底的に叩き込まれた経験が、現在の店の骨格になっている。
特徴はシャリ。酢の効かせ方は次郎流を踏襲しつつ、乾燥度合いの異なる米をブレンドし、口中でほろりとほどけながらも、数粒がプチッと残る独特の食感を表現。
教わったことのコピーに終わらせない姿勢が、店の個性を際立たせている。
2019年に一度閉店するも、2022年1月に同地で再オープン。
完全予約制の小体な空間(ヒノキのカウンター中心)で、修業で培った緊張感と、独立後に磨いた自分の色を一貫一貫に込め続けている。
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【半蔵門】鮨 みずかみ

店主・水上行宣(みずかみ ゆきのり)氏は、川崎市の鮨店で7年間研鑽を積み、さらに「すきやばし次郎」「すきやばし次郎 六本木ヒルズ店」で16年(合計約23年)もの修業を積んだベテラン。
2018年の開店以来、東京・半蔵門を代表する江戸前鮨の名店として知られる。
シャリは系譜を感じさせる米酢のみを使用したもので、「青空」のシャリよりも塩味はやや抑えられ、清らかな酸味がネタと一体化して見事な調和を果たしている。
食後に残るのは、ネタの余韻ではなく鮨そのものの香りと米の旨味だ。
聞けば丁寧に語ってくれるが、基本的には寡黙に鮨で語る。
その静けさがまた粋だ。
酒はあくまで脇役。
ある酒蔵の主人が「水上氏の鮨には酒はいらない」と言ったという逸話も残る。
水上氏の空間は穏やかでありながら、どこか張り詰めた静謐を感じさせる。
次郎イズムを自らで再構築した新たな江戸前鮨の形。
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【表参道】鮨 あお

2020年6月5日、青山の路地裏にオープンした「鮨 あお」は、「すきやばし次郎」で10年修業を積んだ岡﨑亮氏が独立開業した一軒。
開業直後から鮨好きの間で話題となり、瞬く間に予約困難店の仲間入りを果たした。
店名の「あお」には、海と空のあお、そして青山という土地、新たな門出の決意が込められている。
つまみはあくまで握りの前座。過度な演出や奇抜さはなく、静かに、的確に、鮨へと流れをつくる。次郎譲りの緊張感はあるが、構成はより柔らかく、食べ手に寄り添う。
シャリは米酢主体。塩味や酸の立ち方は先輩方よりも幾分穏やかで、口当たりは滑らか。米酢の強いパンチではなく、ネタの輪郭を際立たせる調律型の酢飯だ。
店内は欅の漆カウンター。凛とした空気感だが、岡﨑氏の接客は押し付けがましさがなく、常に一定の距離感を保つ。
過剰に語らず、しかし必要な温度は確実に伝える。あくまで主役は鮨。
総じて、「鮨 あお」は伝統を背負いながらもどこか軽やかで、いまの時代の食べ手にフィットするバランスを持つ一軒。
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【日本橋】日本橋 川口
新日本橋駅から徒歩3分、ビル1階に暖簾を掲げる、カウンター8席のみの小さな鮨店「日本橋 川口」。
店主・川口雄大氏は、銀座「すきやばし次郎」で約11年間修業を積んだ職人。小野二郎氏、そして長男・小野禎一氏のもとで腕を磨き、満を持して2025年3月、日本橋本町に独立した。
キリッとした酸味が輪郭を作り、ネタの旨味を引き締める修業先譲りの細かな握りだが、口の中でほどける速度は柔らかく、しなやかだ。
つまみは伝統的な江戸料理を提供。江戸時代から輸入されていた胡椒を使うなど歴史性も面白い。
川口大将は柔和で腰が低く、店内の空気は張り詰めすぎず、しかし緩みすぎない。
客との距離感も絶妙だ。次郎出身者の店は緊張感が前面に出ることも多いが、「日本橋 川口」はむしろ居心地がいい。
香水など強い香りはNG、時間厳守の一斉スタート。ルールはあるが、それもまた鮨と向き合うための礼儀だ。
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まとめ
江戸前鮨の頂点は、静かだ。
「すきやばし次郎」は派手さではなく、精度で語る店。
削ぎ落とされた所作に流行に左右されない強さが、いまも銀座にある。
本物を確かめたくなったら、答えは、あのカウンターだ。
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