ヨーロッパ帰りの飛行機ですっかり日本語に飢えていた私は退屈しのぎに唯一の邦画を観ることにした。
映画のタイトルは「日日是好日」と書いて「にちにちこれこうじつ」と読む。
樹木希林が亡くなった時にこの映画を知ったが予告を観た時の印象は「なんて地味な映画なんだ」だ。
普段だったら絶対に手に取らないタイプの作品。
だがこの映画を観てその考えが190度位変わったのでここにこの映画に対してのいまの気持ちを綴ってみようと思う。
二十歳の春、大学生の典子は母の勧めで週に一度お茶の稽古に通い始める。従姉妹の美智子を伴い向かった武田先生の茶室で、初めて目にする作法に戸惑うばかり。どんなことにも理由を求め、頭の中は疑問だらけの典子に「意味なんてわからなくていい。『お茶』はまず形から」と武田先生は説くのだった。やがて就職、結婚で美智子が去り、就職に失敗した典子はアルバイトをしながら、ひとりお茶の稽古に通い続ける。
あっさりだけどコクがある。
さて、タイトルの「日日是好日」とは
それが嵐の日であろうと、何か大切な日を失った日であろうと、その一日をありのまま受け止め、ひたすら生きれば、どんな日もかけがえのない絶好の一日。
という意味らしい。
まさにこの映画を端的に表した言葉だ。
この映画では主人公の黒木華が茶道を習い始める10代から40代になるまでを割と淡々と描いている。
それもエッセイを映画化したようで物凄くあっさりとした描き方が実に嫌味がなくていい。
人生の教訓を黒木華は茶道を通して色んな出来事を経験するうちに学んでいく。
その人生の教訓は描き方を間違えると非常に押し付けがましく、説教くさくなってしまう。
だけどこの映画ではその伝え方が物凄く上手い。
あっさり、だけどコクがある。みたいな。
引き算の美学
例えば黒木華が結婚式直前に彼氏の裏切りによって結婚が破談になるシーン。
このシーンで「え?彼氏いたの?」と私は驚かされた。
彼氏との馴れ初めとか一切描かないとはなんという潔さ。
普通なら出会いのシーンなんかを付け足して下手な恋愛ドラマに仕立ててしまいがちだけどそういうのは一切ない。
あくまで茶道の話からブレない。
この出来事を茶道を通して黒木華は消化していく。
この映画のタイトルの如く「ありのまま受け止める」。
辛いことがあってもいずれは過ぎていくもの。
話上、黒木華が40代になるまでを描くのでもちろん余計なものは削ぐわけだが削いたところはちゃんと観客に想像させる。
まさに引き算の美学。
樹木希林と黒木華の魅力全開
茶道と言うと一見小難しそうだけど茶道を通して人生観を語る映画なので別に茶道についてわからなくても全く問題ない。
とにかく樹木希林と黒木華が素晴らしい。
樹木希林は直前に観た『万引き家族』にも出演していて嫌味な役柄からこうした役までサラッとこなす凄い女優だったんだなと感心。
黒木華もこれ以上ないほどこの映画にマッチしていてとにかく表情もいい。
要領のいい友達とは違って理屈屋でフリーライターで30代になっても結婚のタイミングがない。
いるいる、こういう女の人。
とびっきりの美人でないけどなんだかフワッとした感じがとても印象がいい。
濃過ぎてもダメ。
あっさりだけどコクがある。
まさにぴったりなハマり役。
名言のオンパレード
そしてとにかくこの映画では名言のオンパレード。
茶道を習いたての黒木華は所作に疑問を抱く。
動きに意味があるようには思えないからだ。
すると樹木希林が言う。
茶道はまずは形から覚えるの。
それから心を入れればいいのよ。
そしたら自然に手が動くようになるから。
人間ってのはあれこれ頭で考えすぎだ。
屁理屈ばかりこねてないでできるまで無心で繰り返せばいつかできるようになっている。
ということか。
そして気づけば動きも様になってきたところで今度は全く異なる「冬の動き」に。
「今までのことは忘れちゃいなさい」
一年を通して茶道って動きが変わるのか。
そしてやはり「繰り返す」ことで身につくもの。
すぐに自分のものになると思ったら大間違い。
お気に入りの名言がこちら
世の中には、「すぐわかるもの」と、「すぐわからないもの」の二種類がある。
すぐわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ気づいて、わかってくる。
子供の頃はまるでわからなかったフェリーニの『道』に、今の私がとめどなく涙をながすことのように。
これはまさに色んなことで実感する。
昔アーティストのとあるアルバムの良さが全く理解できなかったけどそのアーティストの生き方や考え方を知っていくうちに次第に最初の印象とは全然違って聴こえてきたり…
大事なのは日々一生懸命生きること。
そして色んなことを考えて学んでいく。
ゴールなんてない。
人生なんて死ぬまで色んなことを学んでいくものだ。
そういったメッセージがスッと嫌味なく入ってくる。まるでお茶の様な、そんな映画。
久々に味わい深い映画を観た。
コメント
最近映画評も増えて嬉しい限り。フェリーニや前回の是枝監督についても自分のブログで奇しくも触れてます。( http://txt87.xsrv.jp )自分も以前、黒澤映画の女性の描き方に納得がいかなくて色々探したところ、黒澤が脚本のみ担当した「肖像」という「内面を地味に描いた」映画を見つけ、なんだか安心した記憶があります。
映画評だけでなく音楽評の方もまた期待してます。