美味い不味いを超越した店「天下一品」について

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ラーメン

世の中の料理には美味いか不味いかの二択に分けられないものがある。

大変失礼な話だが私にとって天下一品のラーメンがまさにそれにあたる。

いや、不味いとは思わない。

そもそも不味かったら行ってないしね。

だけど美味いか?と問われると…。

凄く答えづらい。

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別に私は天下一品をディスりたいわけではない。

実際このドロドロスープをここまで全国的に広めた功績はでかいしここでしか食べられない唯一無二感は飲食業界において成功する最も重要な要因だと考える。

だけどだ。

毎回私は天下一品のラーメンを食べる度にモヤモヤっとした気持ちになる。


 

天下一品との出会いは今から20年も前の中学二年生の時。

いまもある新宿歌舞伎町店だ。

当時は映画好きの友達とよく映画を観に新宿へ遊びに行っていた。

その時に友達に誘われ天下一品へ。

はじめてこのラーメンを食べた時に衝撃を受けた。

ドロドロスープの第一印象は「なんじゃこりゃ?」だ。

今まで自分が出会ってこなかったタイプのラーメンだから当然だ。

麺もなんとも味気ないストレート麺だし。

(当時は自家製の手打ち麺にハマっておりコシのある縮れ麺が好みだった)

そしてチャーシューもペラペラだ。

おまけにチャーハンのご飯も硬くパサパサし過ぎている。

どちらかと言うとチャーハンはしっとり派だった私は当時の新宿歌舞伎町店のチャーハンは水分が飛びすぎていて到底受け入れられるものではなかった。

(全ての店舗がこうではなく作り手により異なることを述べておきたい)

まぁとにかく天下一品の料理はいい意味でも悪い意味でも自分の中の範疇を超えるものだった。

しかし次に衝撃的だったのが隣にいる友達はそれを美味そうに食べているではないか。

人によってこんなにも味覚とは個人差があるものなのかとその時に知った。

(決してどちらが上でどちらかが下とかいうものではない)

そして次第になぜこいつ(友達)がこれをこんなに美味そうに食べるのか気になり出してくる。

店にも客が次々と入っている。

そこには何か自分にはまだわからない魅力とやらが隠れているのではないか?

ではその魅力とは何なのか?

それに気づけない自分はなんだか急に世間から取り残されている様な感覚に陥ってきたのだった。

それから私はちょくちょくと天下一品へ通うようになった。

なぜこんなに人が入るのかを知るために。

その度に中学の時に食べたあの感覚が蘇ってくる。

そして最初の訪問から20年が過ぎた。

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私は未だに酔ったら天下一品のラーメンが食べたくなる時がある。

そして実際ベロベロの状態で店に行っている。

翌日、スマホを見た時にのラーメンの写真がしっかり保存されているからだ。

つまり本能が天下一品を求めているのだ。


 

だけどね、正直に言おう。

私は未だにこのラーメンが美味いのかどうなのかわからないでいる。

だけど身体が求めている。

これは一体…

天下一品に対して客が「料理としてどうなのか」など細かい理屈を考えるのはバカらしい。

どうも天下一品はそう言った次元にはいない店なのかもしれない。

人が料理を食べて抱く感想として美味い、不味いだけではない「もう一つの感覚」。

私にとって天下一品がまさにそれなのだ。

つくづく不思議な店だよ。

天下一品の動画を観る⬇️

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コメント

  1. 天一ファン より:

    個人的には歌舞伎町店はスープが薄く味気ないと思います。高円寺店が薄くなくかといって濃すぎることもなくおすすめです。是非一度召し上がってみてください

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